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岡山地方裁判所 平成2年(ワ)299号 判決

原告

長尾実

ほか三名

被告

平川秀光こと司空文

ほか二名

主文

一  被告らは各自、原告長尾実に対し金二一七八万八九四二円、原告長尾三十恵、原告長尾順子、原告長尾博文に対し各金七五二万九六四七円、並びに被告司空文及び被告東予運輸倉庫株式会社においてはこれに対する平成二年四月二六日から支払済まで、被告渡辺道久においてはこれに対する平成二年四月二九日から支払済まで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は主文一項につき仮に執行することができる。

ただし、被告司空文が、原告長尾実に対し金一一〇〇万円の、原告長尾三十恵、原告長尾順子、原告長尾博文に対し各金四〇〇万円の担保を供するときは、被告司空文は右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告長尾実に対し、金二八一三万六六九一円、原告長尾三十恵、同長尾順子、同長尾博文に対し、それぞれ金九〇四万五五六三円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁。

(被告平川こと司空文)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

(被告渡辺道久、同東予運輸倉庫株式会社)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

亡長尾克子(以下、亡克子という。)は、被告平川こと司空文(以下、被告司空という。)の運転する普通乗用自動車(以下、司空車という。)の助手席に同乗中、同車と被告渡辺道久(以下被告渡辺という。)の運転する大型貨物自動車(以下、渡辺車という。)が衝突した左記の交通事故にあつた。

(一) 事故日時 平成元年九月三日午後九時四〇分頃

(二) 場所 岡山市吉井一五番地の一先交差点(以下、本件交差点という。)

(三) 事故態様 本件交差点を右折して岡山方面に進行しようとする司空車と、岡山方面から直進してきた渡辺車が、本件交差点において衝突した。同事故により亡克子は、平成元年九月三日午後一〇時五分ころ死亡した。

2  被告らの責任

本件事故は、被告司空の一時停止義務違反及び左右の安全確認義務違反並びに被告渡辺の前方注視義務違反の過失により惹起されたものであり、被告司空及び被告渡辺には、それぞれ不法行為責任が存する。

被告東予運輸倉庫株式会社(以下、被告会社という。)は、渡辺車を所有し、これを自己のため運行に供していた。したがつて、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  原告長尾実(以下、各原告を名をもつて表示する。)は亡克子の配偶者であり、原告三十恵、同順子及び同博文は亡克子と原告実の嫡出子であり、いずれも亡克子の法定相続人である。

4  本件事故による損害

(一) 亡克子の逸失利益

亡克子は、死亡時に三十九歳の主婦であつた。亡克子の逸失利益は、同人が六七歳まで稼働が可能であつたとして、女子労働者の平均収入を基礎とし、生活費控除を三割とし、新ホフマン式計算によつて算定すると、三三二七万三三八二円となる。

原告らは、同逸失利益の損害賠償請求権を法定相続分に応じて相続した。

(二) 原告らの慰謝料

配偶者を本件事故で失つた原告実の慰謝料は九〇〇万円、母親を失つた原告三十恵、同順子及び同博文の慰謝料はそれぞれ三〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用

原告実は、亡克子の葬儀費用として金一〇〇万円の支払いを余儀なくされ、同額の損害を受けた。

(四) 弁護士費用

原告らは、本訴を原告ら訴訟代理人に委任し、その費用として、原告実は金一五〇万円、原告三十恵、同順子及び同博文は各五〇万円を支払う約束をした。

5  よつて、被告らに対し、原告実は右損害金合計金二八一三万六六九一円、原告三十恵、同順子及び同博文はそれぞれ金九〇四万五五六三円、並びに各原告らにつき、これらに対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告司空)

1 請求原因1ないし3の各事実は認める。

2 同4の事実は不知。ただし、亡克子は、稼働しておらず、求職の意思がなかつたうえ、家事労働さえも放棄した状態であつたので、原告ら主張の逸失利益の金額は高額に過ぎる。また、亡克子と原告実の夫婦関係は破綻しており、原告三十恵らの子供たちの育児も放棄していたのであつて、これらの事情を考慮すると、原告ら主張の慰謝料は高額に過ぎる。

3 同5は争う。

(被告渡辺、同会社)

1 請求原因1及び3の事実は認める。

2 同2の内、被告渡辺の過失の態様は争うがその余は認める。

3 同4の事実は不知又は否認。

4 同5は争う。

三  被告らの抗弁

(被告司空)

被告司空は、亡克子と友人関係にあり、本件事故当日午後五時ころ一緒に食事をし、亡克子を自宅に送る途中本件事故を惹起したものである。したがつて、亡克子は、いわゆる好意同乗者であるから、損害賠償額の算定にあつては、この点を斟酌するべきである。

(被告渡辺、同会社)

1 本件事故の発生は、被告司空の一方的過失によるもので、損害賠償額の算定に当たつては、この事情を斟酌するべきである。

2 被告司空は、亡克子の依頼を受けて車両を運行しており、亡克子は、司空車の運行供用者あるいはそれに近い立場にあり、被告渡辺、同会社は被告司空と同様な過失相殺を受けるべきである。

3 亡克子は、本件事故時シートベルトを着用していなかつた。同女が死亡したのは、同女のシートベルト不着用も一因をなしているので、民法七二二条二項の適用あるいは同趣旨の類推適用により、大幅な過失相殺が認められるべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1及び3の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2の内、本件事故の結果生じた損害につき、被告司空及び被告渡辺が不法行為責任を負うこと並びに被告会社が自動車損害賠償保障法三条の責任をおうことについては、当事者間に争いがない。

三  原告らの損害(弁護士費用を除く。)

1  亡克子の逸失利益

原告実本人尋問の結果及び成立に争いのない甲三号証によれば、亡克子は、本件事故時三九歳の主婦であり、稼働していなかつたことが認められる。亡克子の逸失利益は、賃金センサス平成元年第一巻第一表中の三九歳の女子労働者の平均年収額金二八八万四〇〇円を基礎とし、同人の就労可能年齢を六七歳、生活費控除を三割とし、新ホフマン式計算によつて計算すると金三四七二万二三五七円となる。

なお、原告実本人尋問の結果及び成立に争いのない甲一一号証によれば、亡克子は死亡の時点で稼働しておらず、外出が多く家事も十分には行つていなかつた事実が認められる。しかし、他方、同証拠によると、亡克子が、以前はデパート店員、パチンコ店員、ホテルの掃除等の仕事に従事していた事実が認められるのであつて、亡克子が死亡の時点で平均的な稼働能力を有していたことは明らかであり、原告実との婚姻生活の都合その他の事情によつて、死亡時点では稼働せず、かつ、家事も十分には行つていなかつたとしても、これを亡克子の逸失利益の算定上ことさら斟酌することは相当ではないと考える。

2  慰謝料

原告実は本件事故により配偶者を失つているが、原告実本人尋問の結果によると、亡克子は、平成元年一月ころから、原告実が同女の不貞を疑う程に外出が多くなり、家事育児を放棄したような状態が頻繁に生じていた事実が認められ、原告実と亡克子の夫婦仲は必ずしも円満なものではなかつたことが推認されるので、これら一切の事情を斟酌すると、原告実の慰謝料は金七〇〇万円とするのが相当である。

原告三十恵、同順子、同博文については、亡克子の行状はどうあれ、唯一の実母を失つているので、その慰謝料は各自につき金三〇〇万円とするのが相当である。

3  葬儀費用

原告実本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲四号証の一及び二並びに原告実本人尋問の結果によれば、原告実は、亡克子の葬儀費用として金一〇〇万円以上の支出をしたことが認められる。

四  被告司空の抗弁に対する判断

前掲甲一二及び一三号証によると、亡克子は昭和六三年一〇月ころ当時勤務していたパチンコ店の店長であつた被告司空と知り合い、同女が平成元年二月ころに同店をやめた後も、ときおり電話で被告司空を呼び出し、その自動車に乗せてもらう等していた仲であること、本件事故の前日に、亡克子は被告司空に電話をかけ、翌日(事故当日)の午後三時三〇分ころに備前大橋西詰めのバス停まで迎えに来てほしい旨依頼したこと、被告司空は、事故当日の午後三時ころ、指定された場所に自動車で赴き、亡克子と飲食したのち、午後四時三〇分ころから午後七時ころまで一緒にパチンコをし、午後八時ころから再び一緒に飲食をしたこと、午後八時ころ、被告司空は、亡克子に帰宅を進めたが、同女が帰りたくないというので、自動車で備前大橋西詰めのバス停まで同女を送つていつたこと、ところが、同女が同所で降りようとせず、自動車の中で同女と同被告の間で言い合いになり、結局同被告が同女を自宅付近まで送ることにして、自動車を発車させ、同女の自宅に向かう途中で本件事故が発生したことが認められる。

以上の事実に照らせば、亡克子は、被告司空の好意同乗者に該当するというべきであり、被告司空の損害賠償義務の範囲を制限するのが相当であり、その減額割合は原告らに生じた損害額(弁護士費用を除く。)の二割をもつて相当とする。

五  被告渡辺、同会社の抗弁に対する判断

1  事故の態様

本件事故の態様については、成立に争いのない甲五及び六号証、七号証の一ないし一〇、八号証の一ないし七、九及び一〇号証、一二ないし一四号証によると、本件交差点は、岡山市方面と備前大橋方面とを結ぶ幅員が一〇メートルを超える直線道路(国道二号線)と、万富方面から同交差点に至る幅員約六・四メートルの道路(以下、交差道路という。)とが交差するT字型交差点であり、交通整理が行われていないが、同交差点手前の交差道路上には一時停止の道路標識が設置されていたこと、渡辺車は国道二号線を岡山市方面から備前大橋方面に向けて、毎時約六〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点にさしかかつたところ、司空車が、交差道路から一時停止をしないまま毎時二〇キロメートルないし三〇キロメートルの速度で本件交差点に進入し、同交差点を右折進行しようとしたため、渡辺車の左前部と司空車の右前部が衝突し、本件事故が発生したこと、被告渡辺は衝突地点手前約四五メートルの位置で司空車を発見したが、同人が進行する国道二号線が優先道路であることから、司空車が停止するものと考えて前記の速度で本件交差点に進入し、被告司空は、衝突地点の手前約三〇メートルの位置で渡辺車を発見したが、渡辺車の前を横切つて本件交差点を右折できると考え、前記の速度で本件交差点に進入したこと、が認められる。

2  過失相殺等

以上によれば、本件事故に対する被告司空と被告渡辺の過失割合は九対一と認めるのが相当である。しかし、四で認定した事実に照らすと、亡克子については、司空車の運行供用者あるいはそれに近い立場にあつたとまでいうことはできない。また、司空車の運転自体について亡克子に過失があるとまでいうこともできない。被告司空の過失が大であることをもつて、被告渡辺及び同会社の亡克子に対する損害賠償義務を軽減させることは相当ではない。

また、前掲甲第九号証中には、亡克子が本件事故時にシートベルトを着用していなかつたことを伺わせる記載があるが、これをもつて亡克子がシートベルトを着用していなかつたとまで断ずることができないばかりか、仮にシートベルトの着用がなかつたとしても、それと亡克子の死亡との因果関係は本件証拠上明らかではないので、これを理由として過失相殺を行うことは相当でない。

ただし、前記のとおり、被告司空の損害賠償義務を軽減するのが相当であるから、被告渡辺、同会社の損害賠償義務についても、信義則上被告司空と同程度の減額を認めるのが相当である。

六  弁護士費用

原告実本人尋問の結果によれば、原告らが本訴を原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬として原告らが総額金三〇〇万円を支払う旨約した事実が認められるところ、原告実につき金一五〇万円、その他の原告につき各金五〇万円が、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

七  結論

以上によれば、被告司空には、原告実に対して金二一七八万八九四二円〔(三四七二万二三五七÷二+七〇〇万+一〇〇万)×〇・八+一五〇万〕、原告三十恵、同順子、同博文に対して各金七五二万九六四七円〔(三四七二万二三五七÷六+三〇〇万)×〇・八+五〇万〕の損害賠償義務が存することになる。

また、被告渡辺、同会社には、各自被告司空と同額の損害賠償義務が存することになる。

よつて、本件請求は、以上の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱につき同条三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山名学)

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